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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)16号 判決 1984年11月28日

控訴人

佐竹利彦

右訴訟代理人

柏木薫

清塚勝久

山下清兵衛

池田昭

小川憲久

松浦康治

被控訴人

特許庁長官志賀学

右指定代理人

遠藤きみ

外三名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人が昭和五五年審判第六五二三号事件において昭和五六年九月三〇日にした同年八月一一日付意見書及び同日付手続補正書の不受理処分を取消す。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

原判決三丁裏一〇行目の「『審判請求人』の欄」の前に「本件意見書の」を、四丁表五行目の「氏名が」の前に「住所」を加え、七丁裏三行目中「請求の原因(一)(1)、(2)、(3)」とあるのを「請求の原因一(1)、(3)、(4)」と訂正し、次に附加するほかは原判決事実摘示と同一であるので、これを引用する。

(控訴人の主張)

一  本件意見書の不受理処分について

本件手続補正書には拒絶理由通知に記載されている事項を解消させるため、従前の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の訂正という重要な出願行為としての意味をもつ記載があり、本件意見書には右訂正を指摘して審判官に再審査を願い出たことが記載されているから、控訴人として本件手続補正書の不受理処分(以下「補正書不受理処分」という。)を争う以上本件意見書の不受理処分(以下「意見書不受理処分」という。)についても争う意思を有するのは当然である。しかして、本件意見書の提出は、その内容に照らし、重要な出願行為ともいうべき本件手続補正書の提出に付随した上申といつた手続的色彩を有するにすぎず、独立した行為としての実質はない。したがつて、補正書不受理処分について異議申立がなされている以上、これと関連事案の関係にある意見書不受理処分について別個独立に異議申立をする必要はない。そうであれば、右処分につき異議申立の手続を経ないことにつき正当な理由がある。そして、右のように二個の処分が関連事案である以上、意見書不受理処分に対し異議申立をしなかつたことにつき、控訴人側の過失を論ずる余地はない。

二  本件手続補正書の不受理処分について

行政庁が処分行為を行うについては、処分の対象となつた当該書面自体だけではなく、自らが知悉していた事情及び容易に知ることができた事情をも考慮すべきである。

控訴人は、本件手続補正書に誤つて補正をする者と表示された株式会社佐竹製作所の代表取締役の地位にあり、他の工業所有権の出願につき、別紙一覧表記載のとおり、控訴人が個人として発明し出願したもの(①ないし③)、控訴人が発明し同社の代表取締役として出願したもの(④及び⑤)、当初控訴人が発明し出願した後、出願手続中に当該特許を受ける権利を同社に譲渡し出願人名義変更がなされたもの(⑥ないし⑧)があり、これらのうち本件審判請求代理人竹本松司は⑥の出願を除きすべて出願手続を代理している。かような三者の密接な関係は特許庁の知悉するところである。

また、本件手続補正書の「補正をする者」欄の「株式会社佐竹製作所」なる名称と本件審判請求人である控訴人の「佐竹利彦」の氏名とは「佐竹」という名称の一部と氏において符合しており、かつその「代理人」欄に記載された「東京都港区赤坂一丁目四番一〇号荒川ビル二階」に住所を有する「弁理士竹本松司」は右審判事件において正式に授権を受けた代理人であつた。

かような事実関係に配慮すれば、特許庁としても、審判請求代理人が「補正をする者」として控訴人の住所、氏名を記載すべきところを誤つて株式会社佐竹製作所の本店所在地・名称を記載したものと容易に判断することができたはずである。しかるに、これらの誤記についてなんら補正を命ずることなく、直ちに本件手続補正書につき不受理処分をしたことは違法である。

(被控訴人の主張)

一 控訴人主張のように本件意見書提出が独立の行為としての実質を有しないというのであれば、その不受理処分について異議申立の必要がないというだけでなく、その取消を求める利益もないというべきである。

二 控訴人主張のように控訴人と株式会社佐竹製作所が密接な関係にあつたとしても、大量かつ迅速な処理が要求される特許手続にあつては書面の記載のみから判断することはやむを得ないことであり、個々の事案について控訴人主張のような点についてまで逐一検討、吟味することが担当者に要求されるものではない。

第三 証拠関係<省略>

理由

一本件訴のうち意見書の不受理処分の取消を求める部分の適否について

1  控訴人が意見書不受理処分について異議申立等の行政不服申立の手続を経ずに本訴を提起したことは控訴人の認めるところであり、また、原判決の請求の原因(一)の各事実は、本件意見書の「審判請求人」の欄及び本件手続補正書の「補正をする者」の欄の住所各称の記載が誤記であるとの点を除いて、当事者間に争いがない。

2  控訴人は、意見書不受理処分と補正書不受理処分がいわゆる関連事案であることを理由に、意見書不受理処分につき行政事件訴訟法八条二項三号にいう「裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当する旨主張するので、この点について検討する。

(一)  出願公告決定前に拒絶査定に対する審判請求事件において拒絶理由通知を受けた特許出願人は所定期間内に意見書を提出できるほか(特許法一五九条二項、五〇条)、右期間内に手続補正書を提出することにより、願書に添付した明細書又は図面を補正することができる(特許法一七条一項、三項、一七条の二第三号)。

補正は明細書又は図面の要旨を変更しない限り許され(特許法五三条一項)、これが許されるときは出願の時に遡つて明細書又は図面が補正されるという法律上の効果が生ずるものであるが、拒絶理由通知を受けた場合に行う補正は、これによつて示された拒絶理由の解消をはかることを目的とするものである。

一方、意見書は、その提出によつて右のような法律上の効果が生ずるものではなく、特許庁審判官に対する主張として示された拒絶理由通知が不当であり、出願は右理由によつて拒絶すべきでない旨の意見を記載すべきものである。もつとも、手続補正書とともに意見書を提出するときは、予備的な補正は許されないので、補正の趣旨を説明し、示された拒絶理由は補正によつて解消し、補正後の明細書記載の発明が特許を受けることができる旨の主張をこれに記載すべきことになる。

(二)  本件においては、前叙のとおり意見書及び補正書は同日に提出され、<証拠>によれば、特許庁から示された拒絶理由は、出願の発明が他の実用親案公報と対比し進歩性を欠くというにあつたが、本件手続補正書は明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の欄の補正を内容とし(このことは当事者間に争いがない。)、本件意見書は拒絶理由との関連で右補正の趣旨を説明し、補正によつて拒絶理由は解消し、補正後の明細書記載の発明が進歩性を有するものであり、特許されるべきである旨の主張を内容とするものであることが認められる。そして、被控訴人が一通の書面で「請求人相違」という同一の理由を付して両者の不受理処分を行つたことは前叙のとおり当事者間に争いがない。

(三) 前叙のとおり手続補正書と意見書とは法律上の性質が異なるが、本件のように両者がともに提出されるときは、後者の内容は前者の内容の説明であり、両者とも示された拒絶理由を解消させ、補正後の明細書記載の発明につき特許を求める点において目的を共通にするから、両者はその内容と目的において密接に関連する。したがつて、両者の不受理処分も互いに密接に関連するといわなければならない。

もつとも、補正が明細書又は図面の要旨を変更するものであるときは、特許庁審判官は文書により理由を付してこれを却下する決定をしなければならない(特許法一五九条一項、五三条一項、二項)のに対し、意見書についてはこのような手続は必要ではない。しかし、これは前叙の手続補正書と意見書の性質の差異に基づくものであつて、両者がその内容と目的において密接に関連することを否定する理由にはならない。

しかも本件においては、被控訴人は両者の不受理処分を同一の書面により同一の理由を付して行つているのであるから、両者の不受理処分に対する控訴人の不服理由も自ら同一に帰することになる。

(四) 以上述べたところを勘案すれば、本件において、控訴人が補正書不受理処分に対し適法な異議申立を経ている以上、これとは別に意見書不受理処分について異議申立を経ても事実上意味がないから、これを経ることなくその取消訴訟を提起しても、行政事件訴訟法八条二項三号にいう「正当な理由」があると解するのが相当である。したがつて、右訴を不適法なものということはできない。(なお、被控訴人は、本件意見書不受理処分の取消を求める訴の利益がないかのような主張をするが、前叙のとおり、意見書の記載は特許庁審判官に対する主張であるから、審判官がこれを排斥する場合には、審決において明示又は黙示の判断を示さねばならず、その記載が審決の結論に影響を及ぼすべき重要な事項であるときは、それに対する判断の遺脱は確定審決に対する再審の事由となる(特許法一七一条、民事訴訟法四二〇条一項九号)。したがつて、本件意見書不受理処分の取消を求める訴の利益がないとはいえない。)

二本件意見書及び本件手続補正書の各不受理処分の適否

1  本件意見書及び本件手続補正書は、控訴人がその出願に係る昭和五〇年特許願第四二五一九号についての拒絶査定に対し、弁理士竹本松司を代理人として申立てた昭和五五年審判第六五二三号事件の係属中に、竹本が作成し提出したものであるが、①右各書面の「事件の表示」欄には右審判事件番号が正しく記載され、②右各書面の代理人欄には弁理士竹本松司の住所、氏名、電話番号が正しく記載されていたが、③本件意見書の「審判請求人」の「住所」欄に「東京都台東区上野一丁目一九番一〇号」、「名称」欄に「株式会社佐竹製作所」と記載され、④本件手続補正書の「補正をする者」欄の「事件との関係」欄に「審判請求人」、「住所」欄に「東京都台東区上野一丁目一九番一〇号」、「名称」欄に「株式会社佐竹製作所」と記載されていたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

2 右①②の記載によれば、本件意見書及び本件手続補正書は、昭和五五年審判第六五二三号事件において弁理士竹本松司が同事件の審判請求人を代理してこれを作成し提出したものであることは容易に看取することができる。しかし、右③④の記載のみによる限り形式上右事件の審判請求人は株式会社佐竹製作所であることになり、この点において事実に符合しないものがある。

3 ところで、前記のように本件意見書及び本件手続補正書の作成者は右事件の審判請求人である控訴人の代理人竹本松司であるところ、同人が右各書面に故意に右のような事実に反する記載をしたと認めるべき特段の事情は認められないし、真実の審判請求人と③④の記載による審判請求人、補正者の名称を対比すると前者は「佐竹利彦」、後者は「株式会社佐竹製作所」であって、両者は「佐竹」という表示において共通しているが、自然人が自己の姓を折込んだ名称の株式会社を設立しこれを主宰して企業活動を行うことは往々にして見受けられるところであることを勘案すれば、右③、④の記載は一見して控訴人の氏名、住所を表示すべきものを誤記したのではないかとの強い疑いをいだかざるを得ない。

かかる場合被控訴人としては、意見書等提出期限内に再提出を求める時間的余裕がある場合を除き、先ず特許法一七条二項二号により右竹本松司に対し本件意見書中の「審判請求人」欄及び審判請求人と同一人とされている本件手続補正書中の「補正をする者」欄の住所名称につき補正を命じたうえ、同人の対応を待つて右各書面の受理の可否を判断すべきである。

このように解さないと、意見書及び手続補正書は提出期限が定められており、特に後者は提出できる機会が限られているので(特許法一七条の二)、出願人に対し重大な不利益を課するおそれがある。また、右のような意見書及び手続補正書に記載された審判請求人の表示の同一性の検討及びその後の処理手続はさして困難なことではなく、特許手続がいかに大量かつ迅速な処理を求められているとはいえ、これによつて特許手続が渋滞するものとは到底考えられない。

しかるに、被控訴人は単に形式面のみにとらわれ、補正を命ずることなく、「請求人相違」を理由に、意見書等提出期限経過後に右各書面につき不受理処分をしたのであるから、右各処分はいずれも違法として取消を免れない。

三以上によれば、控訴人の本訴請求は理由があり、これと異なる原判決は失当であるからこれを取消すべきところ、原判決は本件訴のうち意見書不受理処分の取消を求める部分を不適法として却下したが、前に述べたところから明らかなように、意見書不受理処分の取消を求める理由は補正書不受理処分の取消を求める理由と同一であり、右訴を却下した部分についても原審において実体審理が十分なされているとみるべきであるから、民事訴訟法三八八条により右部分を原審に差戻す必要はないものと認め、控訴人の本訴請求を全部認容し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 楠賢二 松野嘉貞)

別紙

① 特願昭五〇―一三〇八〇七号

② 特願昭五〇―四二五二〇号

③ 特願昭五〇―四二五一八号

④ 特願昭五〇―一九一八八号

⑤ 特願昭五一―〇〇二二七三号

⑥ 特願昭五四―五三四二二号

⑦ 特願昭五〇―一六五七四号

⑧ 特願昭五〇―一八二七三号

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